『夜明けのすべて』という映画を観ました。(※映画の内容に少し触れています。)
この映画の主人公はパニック障害を発症した山添くんと、PMS(月経前症候群)に苦しむ藤沢さんです。
主人公2人の日常と、彼らを支える周囲の人たちの日常があたたかく描かれています。
主人公2人はプラネタリウム組み立てキットを作ったり、移動プラネタリウムを学校で開催したりする小さな会社で一緒に働くことになります。
その会社に勤める同僚や上司、山添くんの前職の上司・同僚・彼女、藤沢さんの友だち・家族が周囲の人たちとして登場します。
本人にとってプレッシャーになる関わり方
この映画に出てくる周囲の人たちは
- 主人公と以前のままの関係でいたい人
- 今の主人公との関係を、少しずつ作り直していく人
なんとなく、この2つに分かれるんじゃないかなと感じました。
たとえば山添くんの彼女は前者です。
山添くんの定期診察に同行し、彼よりも多くのことを主治医に質問しました。
「○○は発作を起こしやすいですか?○○は身体にいいですか?」
「あとどれくらいで治ると考えたらいいでしょうか?」
という感じです。
たぶん彼女は、山添くんを心配していたのと同時に、自分自身の未来もどうなるのか不安だったのだと思います(あとで彼女が焦っているように見えた理由が明かされます)
この気持ちは、私個人的にもよくわかりますし、覚えがあります。
自分に近い存在であればあるほど、心配は自分ごとになります。
今後の生活や将来のことも、自分の問題として迫ってくることがあります。
だけどきっと山添くんにとっては、大きなプレッシャーになっていたのではないかなと思いました。
この場面で感じたのは、
パニック障害の人を支えるというのは「早く元の状態に戻してあげること」ではないのかもしれないということです。
もちろん、治療や回復は大切です。
けれど周囲の人が焦りすぎると、その焦り自体が本人にとってプレッシャーになることがあります。
支える側にできることは、
本人を急かすことではなく「今のその人」が安心していられる場所や関係を少しずつ一緒に作っていくことなのかもしれません。
「ここにいて大丈夫」を作る関わり方
それと正反対に見えるのが、主人公2人が勤めている会社の従業員たちです。
山添くんも藤沢さんも会社にいる時に発作が起きることがあるのですが、他の従業員たちは慌てず騒がず、ふたりを落ち着かせたり休ませたりします。
パニック発作が起きたとき、周囲の人が慌てすぎたり「大丈夫?大丈夫?」と何度も確認したりすると、本人はかえって不安になることがあります。
この会社の人たちは、特別なことをしているようには見えません。
ただ、必要以上に騒がず、本人を責めず、休める場所を自然に用意しているように見えました。
それは「何とかしてあげる」というより、「ここにいて大丈夫だよ」という空気を作ることに近いのかもしれません。
そんな周りの従業員たちの様子を見て、山添くんと藤沢さんもお互いのことを知ろうとし、気にかけるようになっていきます。
後半ではお互いの症状をからかうブラックジョークなんかも言い合えるようになりますが、
これはお互いに写し鏡のような相手がいたことで、自分を客観視することができるようになった一つの証拠なのではないかと感じました。
必要な時に手を差し出す関わり方
会社の従業員をはじめとした周囲の人たちにもそれぞれ事情があり、悲しみがあったり、傷ついていたりします。
ですが、この映画は
「痛みを知っている人は、他の人に優しくできる」というような話ではないような気がします。
どちらかというと、
「自分を労ることを知っている人は、他の人をありのまま受け止めることができる」というような話ではないかなと思います。
私はこの映画を観て、
パニック障害の人を支えるというのは、その人を早く元の状態に戻そうとすることではないのかもしれないと思いました。
その人にはその人の夜明けの時間がある。
周囲の人にもそれぞれの生活や痛みがあり、夜明けの時間がある。
だからこそ、できる範囲で気にかける。
急かさず、決めつけず、必要なときに少し手を差し出す。
それくらいの関わりが、人にとっては案外いちばん安心できる支えになるのかもしれません。
良い映画でした。
まだ観たことのない方は、ぜひご覧になってみてください。
RUISA